「天才トレーダーに任せれば増える」というLINE投資ファンドの型を、お金の流れで調べた
「元証券ディーラーの天才トレーダーに、スマホひとつで運用を任せれば増える」――そんな話をLINEで受け取った、という声をいくつか見かけた。看板になる人物の経歴も、うたわれる利回りも、案件ごとに少しずつ違う。ただ、お金の流れだけを抜き出して並べると、よく似た一つの型に収まる。今号は特定の人物・案件を名指しせず、この「カリスマに任せれば増えるファンド」の型を、数字と仕組みからほどいていきたい。
この型の、いつもの入り方
入口の見せ方は、だいたい決まっている。元証券会社のディーラー。20代で独立した専業トレーダー。月に数百万から1000万円という「利益実績」。明細らしいスクリーンショットが何枚も並び、「年利数十%」「初回から確実に増える」という言葉が続く。そして最後に、短くこう置かれる。「まずはLINEへ」。
派手な経歴と数字で信用をつくり、こちらが感心したころに、登録という一歩を踏ませる。よくできた流れだと思う。だが、よくできているのは「信用のつくり方」であって、運用そのものではない。そこは分けて見ておきたい。
数字でほどく――「年利50%」を割り算する
たとえば「年利50%」。元手100万円が1年で150万円になる、という意味だ。複利で2年回せば225万円、3年で約338万円になる。うますぎる話ではある。だが、それ以前に一つ引っかかることがある。
本当にそんな運用を安定して回せる人がいるなら、わざわざ人を募って金を預かるより、銀行から借りてでも黙って自分の金で回したほうが早い。手数料の心配も、出資者への説明も要らない。それをせず、見ず知らずの相手から少額ずつ集めようとするのは、なぜなのか。
で、その利益の出どころは?――預かった金を本当に運用して増やしているのか。それとも、後から入ってきた人の金を「配当」として先に入った人へ回しているだけなのか。外から見ているかぎり、この二つは見分けがつかない。画面の数字が増えていても、それが運用益なのか新規入金なのかは、こちらには確かめようがない。
「任せる相手」が誰なのか、確かめられるか
もう一つの軸は、運用を任せる相手の正体だ。日本で人から金を集めて運用するには、登録が要る。金融庁は登録を受けずに金融商品取引業や暗号資産交換業を行うことは違法であり、無登録業者は投資者保護の態勢が確認できないと明言している。つまり、登録の有無は「信用できるかどうか」を測る、数少ない外形的な手がかりになる。
名乗っている個人名や会社名を、金融庁が公表する免許・許可・登録等を受けている業者の一覧で照らしてみてほしい。見当たらないなら、それ自体が一つの答えになる。経歴のスクリーンショットがどれだけ立派でも、ここで確認できない相手に金を預けるのは、相手の顔も住所も知らないまま財布を渡すのに近い。
出金のときに、何が起きるか
この型でくり返し報告されるのが、出金の局面だ。配当が画面上で順調に増えていく。ところが、いざ引き出そうとすると、話が変わる。金融庁は高額な手数料や税金の支払いといった名目で口座への入金を要求され、入金した直後に連絡が取れなくなる事例があると注意喚起している。
つまり、増えていたように見えた数字を「引き出す」ために、さらに払わされる。そして払った先で、相手は消える。ここで初めて、増えていたのは口座の表示だけで、引き出せる金は最初からどこにもなかった、と分かることになる。
巻き込まれないための、確認の順番
気合いで見抜こうとすると疲れる。だから、預ける前に通す「いつもの確認」を決めてしまうのがいい。順番はこうなる。
- 運用者・運営会社の名前を、金融庁の登録業者一覧で照らせるか
- うたわれた利回りを割り算して、現実離れしていないか確かめたか
- LINEの外(公式サイト・契約書・所在地・連絡先)で実体を確認できるか
- 「今だけ」「枠が残りわずか」と、考える時間を奪われていないか
すでに預けてしまった方へ。気持ちは分かるが、まず一つだけ。お金を取り戻すこと以上に、これ以上払わないことが先だ。配当が増えて見えても、出金のために手数料や税金を求められたら、そこで止めてほしい。順序はこうなる。①追加で払わない ②やり取りの記録を残す ③振り込んだ決済元(銀行・カード会社)に連絡する ④警察・消費者ホットライン「188」に相談する。私には個別の解決はできない。判断は正規の窓口に委ねてほしい。それが一番確かだ。
この記事のまとめ
- 「天才トレーダーに任せれば年利数十%」は、派手な経歴と数字で信用をつくり、LINEへ誘い込む一つの型
- 配当が運用益か新規入金かは外から見分けられず、出金時に手数料・税金名目でさらに払わされる例が報告されている
確かめどころは二つ。利回りを割り算すること、そして相手が登録業者一覧に載っているかを照らすこと。確かめられないなら、その場で決めず、いったん持ち帰りたい。